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突然の覚醒!芦毛伝説の始まり!タマモクロス伝説

名馬オグリキャップとの激戦を繰り広げたタマモクロス。白い稲妻と呼ばれ数々のレースを制覇してきた。今回はその伝説をまとめてみた。
芦毛

もう一つの芦毛伝説タマモクロス

オグリキャップとの芦毛対決で競馬界を盛り上げた。
inyofu オグリキャップ伝説を語るとき、その最大のライバルとして、また一緒に「芦毛の時代」を築いたパートナーとして、タマモクロスは欠かすことのできない存在である。 それまで日本の競馬史に、タイトルレースを制した芦毛の一流馬は、確かにいた。だが、スターホースやスーパーホースに育ったケースは皆無で、脇役に甘んじるばかりだった。それが芦毛馬の限界とも言われていた。
芦毛が弱いなんて言わせない!
inyofu そこに彗星のごとく登場し、芦毛の常識を覆したのが、タマモクロスだった。初勝利が旧4歳の4月、6戦を要して2勝目をあげたのが10月。しかし、ここから快進撃が始まった。翌年、秋の天皇賞までGI3勝を含む8連勝(重賞6連勝)。ジャパンカップで外国馬に敗れ、9連勝はならなかったが、0秒1差2着は大健闘と言えた。優れたスピードとスタミナ、強烈な末脚をあわせ持った万能の名馬だった。

2頭のアイドルホースが集った天皇賞

inyofu くしくも、そこにオグリキャップという新たな芦毛のスーパーホースが、地方競馬から登場。2頭が人気を集め、芦毛対決でわいた昭和63(1988)年秋の天皇賞は、1着タマモクロス、2着オグリキャップで決着がついた。天皇賞のような大レースで、芦毛馬同士の決着というのは、過去になかったことである。しかも、地方から這い上がったオグリキャップの生い立ちといい、生産者を倒産で失ったタマモクロスといい、どちらもストーリー性が豊かで、スターホースに育つ要素十分だった。

ライバル、オグリキャップを打ち破って天皇賞制覇

競馬ブームの火付け役は実はタマモクロス!?
inyofu 事実、オグリキャップはこの秋から人気が沸騰し、史上空前の競馬ブームをまき起こしていく。だが今日、名馬物語やヒーロー列伝で、タマモクロスの栄光の蹄跡を目にすることは少ない。タマモクロスは勝っても負けても、オグリキャップ伝説の引き立て役に回されてしまった。ひとつの時代にヒーローは2頭もいらない。むしろどちらかが、必ず損な役回りをやらされる。そんなタマモクロスを、神は不憫に思い、成功種牡馬の道を与えたのかもしれない。
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オグリキャップvsタマモクロス

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クリスマスは決戦の日。

inyofu 1988年12月25日、第33回有馬記念はクリスマス決戦となった。JRAが進めていたイメージアップ戦略が奏功し、競馬場にはそれまでは考えられなかった若い女性たちの姿も多数見受けられた。

この日の単勝オッズでは、1番人気がタマモクロスの240円であり、2番人気がオグリキャップの370円だった。タマモクロスに不安あり―。そんな報道はあったものの、ファンはこの年の中央競馬をリードし、オグリキャップとの直接対決でも2戦2勝というタマモクロスの実績を信頼したのである。
そして、新時代へ。
inyofu 昭和の終わりが迫る1988年の暮れ、「昭和」の終焉と中央競馬の新時代は、すぐそこまで訪れていた。だが、そのいずれをも見ることなく現役を去ることが既に定められたタマモクロスは、それでもなお王者としての使命を全うすべく、今最後の戦いに臨もうとしていた。
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競走馬としてデビューしたころは、なかなか芽がでることがなかったタマモクロス。1987年10月18日の500万以下での勝利をきっかけに8連勝し、GIも3連勝。その突然の成長ぶりはまさに革命だった。そして、オグリキャップとのライバル対決も加わって、引退して20年以上たった今でも、ファンの頭から離れないほどの魅力を持った馬であった。

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