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数々の名勝負を繰り広げてきた佐藤哲三騎手引退

先日、引退会見を行った佐藤哲三騎手についてまとめてみた。
馬キュレ

職人サトテツ、引退

数々の名勝負を繰り広げ、ファンの心を掴んだその騎乗スタイル。
inyofu 職人肌のジョッキーとして、ファンの心をつかんだ。重馬場の03年ジャパンCは、タップダンスシチーを内ラチ1頭分のわずかなスペースを走らせ、9馬身のレース史上最大着差で制した。05年の日本ダービー、インティライミでディープインパクトに真っ向勝負を挑んだ。積極策から早め先頭。5馬身差の2着に「悔しさを通り越した」と振り返ったが、勝負師の意地を見せた。

03年 ジャパンカップ レース映像


05年 日本ダービー レース映像

引退発表に武豊騎手「残念」

引退会見について武豊騎手のコメント
inyofu 武豊騎手 復帰を願っていましたが、すごく残念です。長く一緒に乗ってきたので…。残念だけど、自分で決めたことですからね。彼のことだからまた次の道でも成功するというか、活躍してくれると思います。

名コンビの安達調教師「頼りになるジョッキーだった」

安達調教師のコメント
inyofu エスポワールシチーなどでコンビを組んできた安達調教師「新聞を見て知った。勝負をあきらめない頼りになるジョッキーだったし、引退するのであれば非常に残念なこと」

引退発表に驚きと悲しみを隠せないファンたち






引退会見の一コマ

inyofu 今年1月に15時間の手術を受けた。予定された一通りの大きな手術は終えたが、それでも自分の左腕は動かない。ある日、佐藤哲三騎手は主治医に「正直に言って欲しい」と直訴した。

「『復帰は難しい。でも、動かないものを動くようにするのだから、僕(の治療)についてきて』という返事をもらった」

その後もリハビリに励むが、7月に大山ヒルズに訪れた際、自分の馬に対して湧き出た気持ちを自覚し、引退を悟った。

「たまたまキズナがワンアンドオンリーの隣にいた。ダービー馬になったばかりのワンアンドオンリーがもてはやされていて、その様子にキズナが少しすねていた。それを見て『可愛い』と感じた。自分は騎手2年目で勝負の世界で生きるために優しい気持ちは引っ込めてきた。なのに、“キズナを可愛いと思う気持ち”が自然と出た。もう、騎手として(メンタルを維持するのは)無理だな、と思った」

「思い出の馬は宝塚記念(2011年)のアーネストリー(牡9、父グラスワンダー)。厩舎サイドとつくりあげた僕の中でのベストレース。ダメだったのはラガーレグルスのゲート(2000年皐月賞)。当時の僕は技術が足りなかった。今思えば、いい馬に巡り合えたと思う。騎手生活での思い出についてはたくさん記者さんと喧嘩したことかな。仕事場で人に優しくすると甘えが出る。だから、頑なになった。そんな僕を理解してくれる人もいて、嬉しかった」

現在、休養中のキズナについては、熱い思い入れを語った。 「キズナは僕がたずさわってきた馬の中でズバ抜けて素晴らしい馬。はやく怪我をなおして、復帰して欲しい。」
inyofu 今後は「まずは社会勉強。応援してくれたファンと一緒に馬券を買って、これまでお世話になったJRAを応援していきたい。全国のWINS(場外馬券売り場)を巡って、ファンと交流したい。先々、乗馬できる体になれば、調教師の道も頭の片隅に置いておきたい」とした。
inyofu 引退式は10月12日に京都競馬場で予定。「今日、免許を取り消すこともできたが、京都競馬場で免許を返したい。自分の道具は後輩なり、仲良くなったファンに手渡ししたい」と希望を語った。

引退会見の様子

引退式の詳細決まる

馬キュレ

今回の引退会見で26年間のジョッキー生活に幕を下ろすことを決めた佐藤哲三騎手。2012年11月24日の京都競馬での落馬事故の際に全身に大ケガを負った。それでも騎手としての道へ戻るため懸命のリハビリを続けてきたが、現役続行できるまでの回復には届かず今回の会見を行った。一日も早く、怪我が回復することを祈りつつ、またいつかファンの前で元気な姿を見せて欲しいものだ。

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