TOP > 競走馬 > 驚異のレコード名馬
競走馬

驚異のレコード名馬

競馬において「レコード」という文字は特別な意味がある。それは誰よりも速く走りきったことを称える称号である。今回はその称号を与えらた馬の中から特別にファンに衝撃を与えた名馬をまとめてみた。
レコード

キングカメハメハ

変則二冠を見事に達成。
動画を見る
inyofu クラシック第一弾の皐月賞は京成杯の敗戦から中山には不向きと見て回避したが、毎日杯をステップに臨んだNHKマイルカップでは、馬場状態は良の発表ながら雨が降る悪コンディションの中、中団待機から最後の直線で先頭に立って外に持ち出すと楽々と差を広げ、2着のコスモサンビームに5馬身差をつけて優勝。勝ちタイムの1分32秒5は、同レースのレコードであった。
五馬身差のレースレコードで制したのだった。
動画を見る
inyofu 3歳馬の頂点を目指して挑んだ次走の東京優駿は、良馬場の中で京成杯2着のマイネルマクロスが後続を引き離して1000m通過が57秒6というまれにみるハイペースとなった。残り600mでホッカイドウ競馬から参戦した2番人気のコスモバルクが4コーナーで押して先頭に立つが失速し、代わって道中を中団で進んだキングカメハメハは直線で早めに先頭に立つと豪脚を繰り出し、そのままゴール板を先頭で駆け抜けた。勝ち時計は2分23秒3と、アイネスフウジンのレースレコードを14年振りに、2秒も更新するタイムを記録した。またこの勝ち時計は、コース改修後は新たにレコードタイムを記録し始めるため、翌2005年ジャパンカップでアルカセットが更新するまで、東京競馬場芝2400mのレコードとなっていた。
二戦続けてレコードで勝利したのは衝撃的だった。

坂路調教の鬼ミホノブルボン

inyofu 1991年6月6日、栗東トレーニングセンターの戸山為夫厩舎に入厩し調教を積み始めた。そして9月7日、ミホノブルボンは中京競馬場の新馬戦(芝1000m)でデビュー、坂路調教で古馬顔負けのタイムを連発した(当時、古馬でも坂路500mを31秒台で走ればいいタイムと言われていたが、ミホノブルボンはデビュー前にして29秒9という驚異的なタイムを記録していた)こともあり圧倒的な1番人気(単勝1.4倍、2番人気ダイタクガイアは6.3倍)に支持された。レースではスタートで1000mという距離では致命的ともいえる出遅れをしながらも、最後方から直線一気の末脚(上がり3ハロン33.1)で差しきり、58.1秒の3歳コースレコード(当時)で優勝した。
動画を見る
inyofu 6月11日北海道早来町の吉田牧場に放牧に出され夏を越し、9月9日に栗東に帰厩。そして10月18日菊花賞トライアルの第40回京都新聞杯に出走し、2分12秒0の日本レコード(当時)で逃げ切り勝利、重賞5勝目を飾った。
動画を見る
ミホノブルボンは短距離と中距離でレコードをたたき出した怪物だった。
レコードを出した馬が強いというわけではない。しかし、競馬ファンはレコードの赤い文字を見るたびに驚き、感動する。それはなぜなのか。それは、いままで何頭も何頭も挑戦し塗り替えることができなかった記録を打ち破り、新たな王が王座につき世代交代することが理由ではないだろうか。今後もたくさんのレコードが塗り替えられるだろう、それはきっと新たな王者の出現なのかもしれない。

side-mark ページ上部へ
prev top next
  • 【PR】
  • 関連タグ
    kusa_line