TOP > 競走馬 > 全日本が泣いた!?競走馬の感動秘話
競走馬

全日本が泣いた!?競走馬の感動秘話

競馬界には数々の感動秘話がある。今回は、人と馬とが紡ぎ出すストーリーを紹介する。
サラブレッド

我が生涯に一片の悔いなし【グッバイマイライフ】

【グッバイマイライフ】が勝利したレースは生涯2勝だけである。
それも重賞ではない、普通のレースでの2勝である。
ただ、その2勝がどんな重賞よりも大きな意味をもった勝利だったのだ。
後に【グッバイマイライフ】の馬主になる男は医者であり、自分の病院も持ち、順調な生活を送っていた。
ところがある日、自分の体に異常を感じ検査したところガンであることが判明した。
しかも末期で、余命半年と宣告されたのだ。
その男は、それがわかった時、仕事をやめ、
馬が走るのを見て暮したいという長年の夢を叶えるべく、馬主になる決意をした。
その時、初めて買った馬が【グッバイマイライフ】だったのだ。
【グッバイマイライフ】さらば我が人生。
馬主になった男は、愛馬のデビューが楽しみで「1勝するのを見届けるまでは死ねない」というのが口癖だったそうだ。
2002年8月に札幌でデビューした【グッバイマイライフ】だが、ここでは勝てず、
4戦目のレースで念願の初勝利をあげることが出来た。
その時の馬主は喜びは、計り知れないものだっただろう。
余命半年と宣告されていたにもかかわらず、その後2年間に渡り、
愛馬の走りを見守った馬主だが、2004年2月に力尽き、天に召された。
その翌日、【グッバイマイライフ】は追悼するかのように2勝目を挙げたのだった。

奇跡の勝利!【ダイユウサク】

inyofu ダイユウサクは体質の弱さもあってかデビューが大幅に遅れ、4歳になってからしばらく経った1988年10月30日・京都での400万下条件戦でデビューした。しかし、このレースでは溝橋秀吉騎乗で臨むも、結果は勝ち馬から13秒も離された最下位(11着)に終わった。次走の福島での未勝利戦でも7.3秒遅れて最下位(14着)に敗れ、この年は2戦して未勝利に終わっている。2戦ともタイムオーバーに相当する大敗だった。
inyofu 1991年の有馬記念は、無敗のまま春のクラシック二冠を制したトウカイテイオーや菊花賞を制したレオダーバンなど有力馬の故障による出走回避が相次ぎ、出走馬の層が薄かった。その結果、ダイユウサクはJRAの推薦馬として、有馬記念に出走する事が可能となった。
inyofu しかし、世間の注目は天皇賞(秋)では降着で勝利をフイにし、ジャパンカップでは4着に終わって、すっかり勝ち運に見放された格好のメジロマックイーンに集中した。それはメジロマックイーンの単勝が1.7倍という圧倒的1番人気という数字に表れていた。 一方、ダイユウサクは単勝が137.9倍と15頭立ての14番人気というブービー人気だった。

動画を見る


◆ダイユウサクのデータ
競走馬としてどん底のスタートから這い上がり、奇跡的な有馬記念勝利により、
史上最強の一発屋と称されたダイユウサク。調教師【内藤繁春】との絆にも注目したい。

人と馬の絆の物語【キーストン】

inyofu キーストンは小柄な逃げ馬だった。ダービーを含め18もの勝ち星を積み重ねた名馬ながら、この馬の走りに“華麗な逃げ脚”といった表現はほとんど見られない。常になにかに追われるように、懸命に逃げ脚を伸ばしていたという。阪神大賞典でも、一度も先頭を譲ることなく最後の直線へと向かったキーストン。しかし、ゴールまであと300メートルのところでキーストンの左前脚が突然悲鳴をあげた。なにが起きたのか分からないまま、鞍上の山本は左右に揺れ、そして落ちた。落馬の衝撃で意識を失った山本。コース上に佇むキーストンの左前脚は、地面から離れ不自然に揺れていた。左第一指関節完全脱臼、左前脚が皮膚だけでつながった状態であり、もはや誰の目にも回復は望めない重傷だった。
inyofu 激痛に耐えかね、狂ったように暴れてもおかしくない状況だったが、キーストンは残った3本の脚を使い、コース上に横たわる山本の元へ一歩一歩近付いていく。山本の顔を覗き込んだキーストンは、その安否を気遣うように鼻先を山本の顔にすり寄せた。意識が戻った山本は、両手でキーストンの首を撫でた。そのとき、キーストンと山本はなにを伝え合ったのだろう。冬枯れの芝生の上の、あまりに悲しくて、あまりにも美しい光景。現実とは思えない世界から我に戻ったファンの中から、コースに向けて拍手が起きた。そして、キーストンは安楽死の処置によって、その日のうちに旅立って行った。

動画を見る
人と馬が生んだ奇跡。騎手と競走馬、
種は違えど同じ目的に向かって戦ってきた戦友だからこその絆。
お互いがお互いを思いやる姿は涙を誘う。

人と馬が紡ぎ出すストーリー。それは時にフィクションを超える。言葉が通じなくとも絆は確かに生まれる、これからもそんな奇跡を我々に見せてくれることだろう。

side-mark ページ上部へ
prev top next
  • 【PR】
  • 関連タグ
    kusa_line