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直線でしびれたライバル対決

競馬では最後の直線で数々のドラマが生まれた。中でもファンの心をしびれさせるのはライバルの叩き合いとなった一戦だ。今回はそんな直線でしびれる名レースを集めてみた。
ライバルの叩き合い

1989年のジャパンカップ

怪物オグリキャップと外国馬ホーリックスの壮絶な叩き合いは、当時の世界レコードを記録した。
inyofu 競走当日(11月27日)は、地元のスーパークリークとオグリキャップが単勝オッズ1、2番人気に推され、ホークスターが3番人気、ホーリックスは従来のオセアニア調教馬の不振から、G1連勝中にも関わらず9番人気の評価であった。レースではイブンベイとホークスターが競り合い、非常に速いペースで展開、オサリバン騎乗のホーリックスは3番手を進んだ。最後の直線に入ると、失速した2頭に代わってホーリックスが先頭に立ち、後続を引き離した。ゴール前ではオグリキャップが追い込んだがクビ差抑えきり、オセアニア勢として初めてのジャパンカップ制覇を果たした。走破タイム2分22秒2は芝2400mの世界レコードタイムであり、1999年にアルゼンチンのカルロスペルグリニ大賞でアシデロに破られるまで10年間保持された。また、東京競馬場のコースレコードとしては、2002年に全面改修が行われるまで破られなかった[注 1]。
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1997年の天皇賞(春)

マヤノトップガンが強烈な末脚を披露した。
inyofu   レースぶりの多様さにも、目を見張るものがあった。好位から4コーナー先頭で仕留めた菊花賞。スローペースに持ち込んでまんまと逃げ切った有馬記念。天皇賞(春)などは、後方待機からの直線一気の追い込みで、度肝を抜いた。レコードタイムのおまけ付きだった。マヤノトップガンはまるで、「おれの勝ち方って、じつはこんなにたくさんバリエーションがあるんだよ」と誇らしげに語っているようだった。競馬の勝ち方に様々なパターンがあることなど、ファンの誰もが先刻承知だが、それを1頭の馬が、短い現役生活のなかで体現する光景を、そうそう目撃できるものではないだろう。それを引き出した鞍上・田原成貴騎手の功績は、特筆に値する。
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2000年の日本ダービー

悲願のダービー制覇を狙う河内騎手とダービー連覇のかかった武豊騎手の維持をかけた師弟対決だった。
inyofu 「さぁ~500M直線コース! 生涯一の夢舞台! 残り400!栄光まで400!ジョウテンブレーヴ先頭! ジョウテンブレーヴ先頭か! 外からは懸命にアタラクシア!あるいはエアシャカール!エアシャカール! アグネスフライトきたぁ~! 外からアグネス!外からアグネス!しかしエアシャカール!エアシャカール! 豊だ!アグネス、河内の夢も飛んできている!エアシャカールか!エアシャカールか! それともアグネスか!アグネスか! 河内の夢か!豊の意地か!どっちだ~!! エアシャカールか、アグネスフライトか! 豊のV3か!河内洋、悲願のダービー制覇か!すばらしい競馬です! 武豊、河内洋、師弟コンビの一騎打ち!!」
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意地と意地のぶつかり合いの叩き合いは、まさにしびれるほどの感覚が伝わってくる。
今回紹介した、オグリキャップのジャパンカップやマヤノトップガンの天皇賞(春)、アグネスフライトの日本ダービーは何年たっても、どの世代からも伝説とされるレースだ。言い換えれば、このレースを知らずにいて競馬は語れないと言えるだろう。是非、まだこのレースを観ていない方はこれをきっかけにご覧になってはいかがだろうか。

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