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全レース完全的中!伝説の予想家 大川慶次郎

競馬ファンなら誰もが「大川慶次郎」という名を聞いたことがあるだろう。 1999年12月に亡くなった偉大な予想家である大川慶次郎。そんな大川氏の実力を裏付ける驚きの情報があったので紹介しよう。
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とにかく家系がすごい!

実業家渋沢栄一の血をひき、父親はオーナーブリーダーであった。

競馬担当秘書へ

inyofu 慶応大学を卒業して家業の製紙会社に就職した大川さん、 が、競馬への熱い思いを断ちがたく会社を辞めてしまいます。 無事に勤め上げていれば将来の重役、 あるいは社長の座も約束されていたのは想像できます。 競馬好きが高じたとはいえ度胸のいい話です。 次の就職先は新田新作さん専属の競馬担当秘書、 いまでいうレーシングマネージャーみたいなものです。 日本プロレスの生みの親であり、 明治座社長として大衆娯楽の 普及と発展に貢献した 新田さんは、第1回有馬紀念 (中山グランプリ) のメイヂヒカリ、 ダービー馬ヒカルメイジなどの馬主としても活躍します。

名門の競馬新聞、ホースニュース馬

大川氏は、ラジオ出演で人気を博したことがきっかけで、ホースニュース社と単独契約を結ぶことになった。

4度のパーフェクト予想!

inyofu 1961年9月3日、同紙上で予想家としては初となるパーフェクト予想を達成。たまたま同席していた『週刊読売』の記者がこのことを「競馬の神様のご請託」と題うって記事にし、それに『週刊文春』などほかの雑誌が追従、予想家としての知名度は飛躍的に向上した。

中継番組でのエピソード

inyofu 1983年の第3回ジャパンカップ(スタネーラ優勝)のとき「(キョウエイ)プロミス!プロミス!」、1984年の菊花賞(シンボリルドルフ優勝)のとき「(ゴールド)ウェイ!!」、1990年の第35回有馬記念(オグリキャップ優勝)のとき「(メジロ)ライアン! ライアン!」とレース中に叫ぶ声が実況に被さってしまうこともあった。「ライアン」についてはレース翌日の『笑っていいとも!イブ特大号』で明石家さんまが話題にし、これ以降大川は競馬以外のバラエティ番組にも出演するようになった。
その当時の、有馬記念の動画が残っている。

最後の予想は◎グラスワンダー

inyofu そして迎えた暮れの有馬記念。この有馬記念の直前に大川さんは倒れて帰らぬ人となったので、最終的な予想は分かりません。しかし2週前の時点で大川さんはグラスワンダーを推していて、これが「生前最後の予想」とされ、しかも的中したことが有名になっています

多くの競馬ファンから愛され旅立つ

競馬への思いが人一倍強く、競馬予想家ではなく競馬評論家として広くファンに愛された大川慶次郎。そのためか、オグリキャップの有馬記念の「ライアン!」という声も今では笑い話になっているのだろう。晩年は21世紀の競馬を見ることを楽しみにしており、特に直線1000mのコースができる新潟競馬場を楽しみにしていたそうだ。最後の予想、有馬記念のグラスワンダー、スペシャルウィークの大接戦は競馬の神様の最後のひと押しがあったのかもしれない。

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