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暴君オルフェーヴル伝説

「暴君」と呼ばれたオルフェーヴル。その圧倒的なパフォーマンスと暴君ぷりから多くのファンを集った。今回はそんなオルフェーヴルをまとめてみた。
オルフェーヴル

暴れ馬オルフェーヴルデビュー当初

inyofu 兄・ドリームジャーニーやジャポニズム[注 2]と同じく栗東の池江泰寿厩舎[注 3]に入厩し、デビュー戦は8月14日の新潟競馬場芝1600メートルの新馬戦であった。ドリームジャーニーと同じく新潟デビューとなり、兄の主戦騎手である池添謙一が夏の主戦場である北海道からわざわざ本馬に騎乗するために新潟まで遠征してのデビュー戦だった。レースは中団の位置から直線に入って強烈な脚を繰り出し早めに先頭に立つと勢いを保ったままゴールに飛び込み初勝利を挙げる。しかし、直線では内ラチまで切れ込み、ゴール後には池添を振り落として放馬[注 4]、ウイナーズサークルでの記念撮影が中止となるなど暴れん坊ぶりを発揮した[6]。これに対して池江は「当時はイレ込みが凄くて、競走馬になれないかと思った」と語っていた[10]。
荒い気性が原因で才能を発揮できずにいたのだった。

三歳を迎え覚醒へ

一気に三冠馬へと駆け上がっていった。
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有馬記念も制覇することとなる。
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二年連続での凱旋門賞挑戦

ともに圧倒的なパフォーマンスを見せるも二年連続二着に終わったのだった。
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ラストラン有馬記念を八馬身差の圧勝で飾る

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オルフェーヴルの馬名の意味はフランス語で「金細工師」。2013年の有馬記念を最後に現生活を引退した。現在は社台スタリオンステーションで種牡馬入りし、初年度の種付け料は600万円。2017年以降に産駒がデビュー予定だ。きっと、その子供たちが父オルフェーヴルが成しえなかった凱旋門賞制覇を達成してくれるに違いない。

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