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絶対にあきらめない!あの三冠馬を倒すまでは!サクラローレルまとめ

度重なる故障を乗り越えながらも、ビックタイトルを手に入れたサクラローレルの名レースや記事、エピソードをまとめてみた。
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同期はあの三冠馬

inyofu 1994年1月、中山競馬場でデビュー。3戦目で勝ちあがる。皐月賞は同期・同馬主のサクラスーパーオーが出走し、サクラローレルは東京優駿(日本ダービー)を目指すこととなった。ダービートライアルの青葉賞でエアダブリンの3着に入り、東京優駿(日本ダービー)優先出走権を取るものの、右後脚の球節炎により回避。秋に復帰したが、同期の三冠馬ナリタブライアンとはクラシックで対戦することなく終わった。

古馬になってから本格化!

4歳時は怪我に泣き、クラシックに1度も出走することはなかった。古馬になった年始の中山金杯で初重賞制覇を飾る。ところがその直後に両足を骨折。一時は安楽死処分も考えられるほどの重症だった。しかしながら、懸命にリハビリをし、復帰戦として向かった中山記念で名勝負が生まれた。
inyofu ところが、その刹那、外からサクラローレルが爆発的な勢いで追い込んできた。道中の位置取りはほぼ最後方、我慢の競馬から4コーナーで反撃に転じ、その差を一挙に詰めると、ジェニュインに抵抗の隙さえ与えず交わし去った。ブランクをものともしない豪快な勝ちっぷりは、ただただ“圧巻”の一語であった。  振り返ればダービーを脚部不安で諦め、前年春の天皇賞も、先に触れたとおりに両前脚の骨折で断念。生まれは同期の三冠馬ナリタブライアンとたったの5日違いながら、ライバルとは対照的な棘(いばら)の道を歩み続けてきたサクラローレル。しかし、圧勝ともいうべき中山記念の快走で、ようやく悲願のGI制覇・春の盾獲りに名乗りをあげた。それは彼が、遥か前を走るナリタブライアンの背中をついに捉えた瞬間でもあったのである。
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打倒!ナリタブライアン!

inyofu こうして迎えた、平成8年の春の天皇賞。サクラローレルはナリタブライアン、マヤノトップガンに次ぐ3番人気に支持されたものの、その単勝オッズは14.5倍と2強の一方が崩れた際の連下候補といった評価でした。しかし、サクラローレルの関係者にとっては、このレースは昨年の借りを返す優勝しか考えられない一戦。 「負けるなんて、少しも思わなかった」 中山記念優勝後、調子を更に上げるサクラローレルに、小島調教師の自信は深まるばかりでした。
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春の天皇賞で王座につき、年末の有馬記念でもう一度その強さをファンの前で披露する。
inyofu それからも、サクラローレルはライバル馬以前に、自身の脚元の不安とも戦いながら、走りつづけた。そうして、暮れの有馬記念でも強さを見せつけ、あっさりと年度代表馬の座につくのだから、恐れ入る。   掻き込む力の強い、独特のフットワークの持ち主だった。"重厚感あふれる切れ味"が魅力だった。その血統的背景もあいまって、パワーを要求されるヨーロッパの芝コースでの活躍を見てみたい、と思わせる馬だった。わたしたちファンの描くその夢は、じつは陣営の人々が強く意識していたのだと後に知ることになる。
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 翌年、サクラローレルは、日本馬初の栄冠を目指して「凱旋門賞」へ挑戦することが発表された。しかし、フランスへ飛び立った後、凱旋門賞を目前にして前脚屈腱炎が判明。そのまま引退することとなった。引退後は種牡馬入りし、サクラセンチュリー、ロングプライド、ローマンエンパイアなどの重賞ウィナーを送り出している。

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