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遅れてきた大物!マーベラスサンデーまとめ

強力なライバルたちを退け、グランプリホースに輝いたマーベラスサンデーの名レースや記事、エピソードをまとめてみた。
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武豊とのコンビで3強の一角を担う!

マーベラスサンデーは日本の元競走馬、種牡馬。おもな勝ち鞍は1997年の宝塚記念など。同年のJRA賞最優秀5歳以上牡馬。主戦騎手はデビューから引退まで、一貫して武豊が務めた。

サンデーサイレンスの初年度産駒

inyofu 1992年、北海道新冠町の早田牧場に生まれる。通算12回のリーディングサイアーを獲得したサンデーサイレンスの初年度産駒であるが、幼駒の頃は貧弱な馬体が目立ち、長らく買い手が付かなかった。このため、早田牧場生産のマーベラスクラウンを管理する大沢真を説得し、本馬の受け入れを取り付ける。また大沢の計らいにより、馬主はマーベラスクラウン所有者の笹原貞生に決まり、競走年齢に達した1994年3月、栗東トレーニングセンターの大沢厩舎に入った。

サンデーサイレンス産駒とは思えないほどの優等生

inyofu 現役時代は4度の骨折に泣きながらも15戦して10勝2着2回3着1回。どんな位置取りからも確実に伸びる末脚。堅実な反面、びっくりするような勝ち方をするわけでもないその成績は“優等生”ともいわれた。宝塚記念(G1)含む重賞6勝。1997年にはJRA最優秀4歳以上牡馬にも選出されているが、その一方で「もっと出来たんじゃないか」と、どこか物足りなさを感じさせる成績だった。

幾度もの骨折に泣き、クラシックには未出走

inyofu 彼もまた競走馬としての青春期を忍耐に費やした馬だった。デビュー前に右膝を骨折し、そのうえ馬体が300㌔台に痩せ衰えるほどの疝痛にも見舞われている。サンデーサイレンスの初年度産駒で厩舎の期待も大きく、無事ならジェニュインやタヤスツヨシのようにクラシックを席巻していたかもしれなかったが、デビュー後も膝部骨折、後肢骨折と不運は続いた。それでも大沢真調教師は焦ることなく時を待った。古馬になれば必ず大仕事をやってのける、という思いがあったからだ。

古馬になって素質開花!そして平成3強の一角として

inyofu 1996 年の復帰後、破竹の快進撃を見せた。条件戦、エプソムC、札幌記念、朝日チャレンジC、京都大賞典と勝利を連ね、とうとう秋のGI戦線における有力馬の1頭に数えられるようになる。  だが、GIの壁は想像以上に厚かった。天皇賞・秋はバブルガムフェローの4着、有馬記念はサクラローレルの2着、明けて1997年の初戦となった産経大阪杯では貫録勝ちを収めたものの、天皇賞・春はマヤノトップガンの3着。ライバルたちの引き立て役に甘んじ続ける日々を過ごしたのである
待ちわびた栄冠、宝塚記念を制覇してGIホースの仲間入り!
inyofu 逃げたシーズグレイスを交わしてタイキブリザードが先頭へ。好位バブルガムフェローもジワリと差を詰めていく。これを後方で見ていたマーベラスサンデーだったが、3コーナーからペースアップ、グイグイとマクリ気味に進出。直線ではバブルガムフェローをねじ伏せて、まさに力任せのレースで初のGI勝利を収める。  強い相手にもまれて身につけた逞しさを武器に、これまでの悔しさを見事に晴らす力走を披露。待ちわびたGIタイトルを、遂にマーベラスサンデーは手にしたのである。
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宝塚記念を制覇した後は、1997年の有馬記念(2着)を最後に現役生活を引退し、種牡馬入りすることとなった。父としては障害GIである中山大障害を制覇したキングジョイやマーベラスカイザーの他に、日系新春杯を制したシルクフェイマスやアメリカジョッキークラブカップを連覇したネヴァブションなどの重賞ウィナーを送り出した。

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