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最強・最美の桜花賞馬・シスタートウショウ

牝馬三冠競走の第一関門である桜花賞。天馬と呼ばれた父・トウショウボーイの仔で、1991年の桜花賞馬であるシスタートウショウ。2015年3月3日に惜しまれつつ余生を終えた。美しい馬体と愛らしい表情で美人馬と称されていたシスタートウショウについてまとめてみた。
馬キュレ

天馬・トウショウボーイの最後の傑作

inyofu 父は競走馬時代に「天馬」と称され、種牡馬としても成功を収めていたトウショウボーイ。母コーニストウショウは未勝利馬だが、日本在来の名門牝系であるシラオキ系の出身馬である。良血の組み合わせであったが、トウショウ牧場生産のトウショウボーイ産駒は成績が芳しくなく、またシラオキ系牝馬もトウショウ牧場では成績が良くなかった。コーニストウショウも一時は整理の対象となっていたが、馬体が良かったために特別に牧場に残された。こうした状況下で1988年に誕生したシスタートウショウは、前後駆ともに発達した好馬体を持ち、「両親の良いところだけを受け継いだ馬」と大きな期待を受けた。
父・トウショウボーイについてのまとめはこちら↓

3戦3勝でいざ桜花賞へ!

inyofu 1990年の冬に京都でデビューし、初戦勝利。
その背中には、全レースで手綱を取ることになる角田晃一騎手の姿がありました。
以降、福寿草特別、チューリップ賞(当時はオープン特別)と連勝、前述のとおり牝馬クラシックの有力馬と目されました。
ちなみにチューリップ賞では、重賞2勝で名牝・ダイワスカーレットの母であるスカーレットブーケに勝利している。

1991年 桜花賞は5強対決!?

inyofu 当年の桜花賞は、戦前から稀に見るハイレベルと評されており、中でも5戦5勝・うち重賞2勝のイソノルーブルを筆頭に、牡馬混合重賞2勝のノーザンドライバー、それぞれ重賞2勝のスカーレットブーケとミルフォードスルー、これにシスタートウショウを加えた「5強」の対決と言われた。当日の本馬は4番人気、1番人気にはイソノルーブルが支持されたが、競走前に同馬の左前脚に落鉄が発生、再装着に手間取り、結局裸足のまま発走というアクシデントが起こる。スタートが切られると先行勢が競り合いながら進み、1000m通過57秒5というハイペースとなる。この中でシスタートウショウは中団で落ち着いたレース運びを見せると、直線で早めに抜け出して後続を寄せ付けず勝利。重賞初制覇をクラシック桜花賞で果たした。稍重馬場での競走ながら、優勝タイム1分33秒8は、従来の記録を一挙に1秒短縮するレースレコード。鞍上の角田晃一にとっても初のGI競走勝利であり、またトウショウ牧場にとっては父トウショウボーイ以来、15年振りのクラシック勝利となった。
実はシスタートウショウは遺伝子的に腰が甘く、最初はクラッシックを勝つような馬だと思われていなかったそうだ。

続くオークスは、ハナ差の2着

inyofu 「桜花賞も思い出に残っていますが、ハナ差で2着に敗れたオークスも悔しかったですねえ。そういう意味では思い出に残っています」とトウショウ牧場の場長・志村吉男さんは、現役時代を振り返った。
inyofu 競走後はトウショウ牧場で休養に入ったが、復帰調整中に屈腱炎を発症し、休養は1年半に及んだ。1992年12月にオープン特別競走で復帰するも、8着に終わる。以降は翌1993年の中山記念で2着、続く安田記念で4着と好走を見せるも、勝利には至らなかった。その後、同年秋の目標とした天皇賞への調整中に脚部不安を生じ、競走生活から退いた。
休養明け後、勝利には至らなかったものの、中山記念では馬券内、安田記念では掲示板内に入り、G1馬の力を見せた。

繁殖生活が始まるものの、なかなか成功せず

inyofu  競走馬を引退した後は、生まれ故郷のトウショウ牧場に戻って、繁殖生活に入った。「トウショウパワーズ(父ダンスインザダーク)がオープン馬になってくれましたが、なかなか子供たちが走ってくれなくて、もどかしさはありましたね。名門シラオキの牝系ですし、その点は残念でした」(志村場長)

多くのファンに愛され、2015年3月3日に息を引き取る

inyofu  たとえ産駒が期待ほどの成績が残せなくても、シスタートウショウはたくさんのファンに愛されていた。「夏の見学期間にいらっしゃった方に玄関で記帳して頂くのですが、見学希望馬としてシスタートウショウの名前を書く方が多いんですよ。この馬の現役時代を知らないのではないかという世代の方もいますね」(志村場長)。栗毛の美しい馬体と、最後方からレースを進め、逃げ粘るイソノルーブルをゴール前ハナ差まで追い詰めたオークスでの末脚が、ファンの心をとらえて離さないのではないかとも想像する。
inyofu  志村場長はじめ、牧場スタッフの手厚いケアのもと、余生を送っていたシスタートウショウだったが、3月2日の夜に起立不能となり、翌日息を引き取ったのだった。 「死ぬ2、3日前までは、近寄ると耳を背負って気の強いところを見せていました。最後まで気位が高かったですね」(志村場長)。トウショウ牧場で唯一、トウショウボーイの産駒としてGIに勝利したシスタートウショウがいなくなり、志村場長の声には寂しさが入り混じっているように聞こえた。


その強さと見た目の美しさで、多くの人々を魅了したシスタートウショウ。そんな彼女の訃報に、多くのファンが悲しんだことだろう。産駒に恵まれなかったのは残念だが、引退後もたくさんのファンが彼女の元を訪れ、また牧場のスタッフは腰の甘い彼女を精一杯支え、本当に愛されていた。最強・最美なシスタートウショウは、これからも多くの人々の記憶に残り続けるだろう。

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