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これは泣ける!競馬、ジョッキーの感動エピソード

涙が止まらない競馬・ジョッキーにまつわる感動エピソードをまとめてみた。
涙

天才・武豊の実の弟、武幸四郎の涙

inyofu  武幸四郎も首の辺りまで沈みかけていた。その武幸四郎に命綱を投げ与えたのはメイショウの松本好雄オーナーだ。日本でも有数のオーナーのひとりだが、一方で、人情家でも知られる。2006年のクラシックでは、メイショウサムソンに大レースでの実績に乏しい石橋守を乗せつづけた。有力騎手への交代を勧める周囲の声にも耳を貸さず、その期待に応えた石橋はメイショウサムソンを二冠に導いた。 メイショウマンボもフィリーズレビューを勝ったあと、そのまま武幸四郎以外の騎手を乗せればというアドバイスは当然あったろうが、再び武幸四郎を騎乗させ、桜花賞は逃したが、オークスは手に入れた。レースのあとオーナーと握手した武幸四郎は目を潤ませ、「(泣くなんて)自分のキャラじゃないのに」などと漏らしていた。のんきな男も温情につい感極まったのだろう。
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武幸四郎騎手にとって人生初の嬉しなきだったそうだ。

柴田大知、長年の苦労が実を結んだ瞬間

inyofu 柴田大知騎手は「(涙声で)本当に本当にうれしいです。夢中で追っていたので、レースはよく覚えていません。結果を出せてよかったです。(ゴールの瞬間は)信じられないくらいうれしかったです。折り合いがつくようになって、テンションも落ち着いてきたし、もっともっと成長してくれると思います。(GIでの通算200勝は)“そうなったらいいね”と調教師さんと話していましたが、夢のようです。何年か勝てない時期もありましたので…。この馬に乗せていただいた関係者に感謝しています」と感涙にむせんでいた。
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天才と呼ばれながら、病魔と闘った上村洋行騎手

inyofu その後もコンスタントに勝ちを積み重ねていたが、1990年代の後半ごろから以前ほどの勢いが落ちる。実はこの時、眼の病気(飛蚊症)を患っていたにもかかわらず治療をしないまま騎乗を続けていたという。それでも毎年10勝以上と2桁の勝ち鞍は挙げていたが、2004年に治療をするため騎乗を自粛。しばらくの間、手術をするため休養に入る。手術は3回行われ、ようやく視力が回復するに至った。

悲願のタイトルを!

inyofu 2008年6月15日、スリープレスナイトでCBC賞を勝ち、実に10年ぶりのJRA重賞競走を勝利するとその後も同馬で北九州記念、さらにはスプリンターズステークスも制覇し、G1レース騎乗40回目の挑戦にしてG1初勝利を挙げた。
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毎年のように、ビックタイトルを手に入れる騎手はいる。しかし、そうでない騎手はそれ以上にたくさんいる。そんな騎手は努力し、何度も何度も挑戦し続ける。ファンは彼らを応援し、最高の結果が出た時は涙を流しながら祝福する。競馬が単なるギャンブルだけではなく、スポーツと言われる所以は、こういったところにあるのだ。

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