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元祖美人すぎる女性騎手!牧原由貴子

男社会の競馬界に一人の女性騎手が誕生した!その名は【牧原由貴子】。
彼女こそ日本の女性騎手1号である。今回はそんな彼女についてまとめてみた。
競走馬

牧原由貴子とは?

inyofu 1996年、細江純子・田村真来とともにJRA初の女性騎手としてデビューした。いわゆる「競馬学校花の12期生」の一人で、競馬学校の同期にはGI勝利騎手の福永祐一や和田竜二などがいる。競馬学校卒業時にはもっとも優秀な卒業生としてアイルランド大使特別賞を獲得するなど、騎乗技術は高かった。女性らしく馬へのあたりがいいとも言われている。
inyofu 初騎乗は1996年3月2日、中山競馬第1競走のダイワアサヒで、16頭立ての4着だった。初勝利は同年3月17日、中山競馬第5競走、アラビアンナイトに騎乗してのものであった。デビュー年は9勝。時事通信杯クイーンステークスで重賞初騎乗も果たす(ナスケンエース・13着)。翌1997年も騎乗数は少ないながら11勝と勝ち鞍は稼ぎ、JRAのCMで本木雅弘、鶴田真由と共演するなど、実績、人気ともに存在感を見せた。このCMでは騎手としての目標を聞かれ「GIレースに勝つこと」と返答した。
inyofu 2006年2月14日に増沢末夫の長男で調教助手の増沢真樹と結婚(末夫とは義理の父の関係となる)。この年は年始から1回も騎乗していないことから、結婚を機に一線を退くものと思われたが、しばらくは現役を続行すると宣言。同年3月1日から登録名が増沢由貴子に変更となった。
競馬学校花の12期生の一人である牧原由貴子は、同期の福永祐一や和田竜二などを抑え、
もっとも優秀な卒業生となり、初の女性騎手として注目を集めた。

初々しい!牧原由貴子の初勝利インタビュー

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JRAは、牧原由貴子を起用したCMを何本も制作した。
おそらく目にした方も多いであろうCMをまとめてみた。
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栄光に影が・・・落馬で負傷

inyofu 中山競馬で落馬負傷し、右足首を故障する不運も重なった。一度はリハビリを始めたが、痛みが引かず、転院して再治療。ブランクが長引いた。
デビュー2年で20勝を飾り、期待された牧原由貴子だったが、不幸にもここで1年以上のブランクができてしまう。

結婚、そして引退へ

inyofu 日本中央競馬会(JRA)は30日、増沢由貴子騎手(35)が同日付で引退すると発表した。菊沢隆徳厩舎で調教助手になる予定。増沢の引退で、JRA所属の女性騎手は不在となる。

増沢は1996年3月、JRA初の女性騎手3人のうちの1人としてデビュー。同月に女性騎手として初のJRA勝利を記録した。2004年までに通算34勝を挙げたが、ここ7、8年は騎乗回数が激減していた。

JRA初の女性ジョッキーとして注目を集めた牧原由貴子。最初こそ勝利をあげ注目されたが、
負傷がもとで一線から退き、そのまま活躍することなく引退してしまった。
今は結婚し、調教助手として競馬界に携わっている。
将来、JRA初の女性調教師として、再びその名が轟くことを期待したい。

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