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武豊を初GIタイトルに導いた馬!スーパークリーク伝説

天才との名コンビで日本競馬を盛り上げたスーパークリークの名レースや記事、エピソードをまとめてみた。
平成三強と言われた名馬

「平成三強」と言われた名馬

inyofu スーパークリーク(1985年5月27日 - 2010年8月29日)とは、日本の競走馬、種牡馬である。

1988年菊花賞、1989年天皇賞(秋)、1990年天皇賞(春)に優勝。1980年代後半に巻き起こった第二次競馬ブーム期において、オグリキャップ、イナリワンとともに「平成三強」と呼ばれた。

天才騎手、武豊との出会い

inyofu 1985年生まれのスーパークリークは本格化するのが遅く、皐月賞、ダービーという春のクラシックには間に合わなかった。しかし、夏から秋にかけて力をつけ、ギリギリで権利を手に入れ、菊花賞に出走した。手綱を取ったのはデビュー2年目の武豊である。好位につけて流れに乗り、4コーナーを回ると、ウチのコースを通って抜け出した。やや早いかと思われるスパートだったが、武豊に導かれてあっという間に差を広げ、完勝した。

 当時19歳だった武豊の勝利は史上最年少記録だった。今年8月までに64勝を積み上げた武豊の国内GI勝利の、記念すべきスタートがスーパークリークの菊花賞だった。
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CMにも起用される!

inyofu 88年、菊花賞。

もしもその馬が、その男に出会わなかったら。

もしもその男が、その馬に出会わなかったら。

天才を天才にした馬、スーパークリーク。

本当の出会いなど、一生に何度あるだろう?

―2013年菊花賞CMより
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天皇賞春秋連覇

inyofu  インターメゾ、サヤジラオといったスタミナ血脈を内在させる母系にノーアテンションを配合した生産者は当時「ステイヤーを狙った配合で、長距離のG1レースに勝てた。これほど冥利に尽きることはありません」と話している。その言葉どおりにスーパークリークは、その後天皇賞春秋連覇を達成するなど、オグリキャップやイナリワンとともに3強時代を盛り上げた。
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1990年の京都大賞典を最後に現役生活を引退した。その後、北海道浦河町の日高スタリオンステーションで種牡馬となった。父としては大きな成果をだすことはできなかったが、母父として2006年の阪急杯を勝ったブルーショットガンを送り出した。種牡馬を引退し、その余生を送っていたが、2010年8月老衰のため死亡した。

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