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実はハルウララのお父さんは強かった!ニッポーテイオー伝説まとめ

昭和末期の名マイラー、ニッポーテイオーの名レースや記事、エピソードをまとめてみた。
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昭和末期の名マイラー

inyofu ニッポーテイオーは日本の競走馬。ニホンピロウイナーに続く、昭和末期の名マイラーである。1986年に優駿賞最優秀スプリンター、1987年にJRA賞最優秀スプリンターおよびJRA賞最優秀5歳以上牡馬を受賞。半妹にエリザベス女王杯を勝ったタレンティドガールがいる。

いち早く適正距離を見極めた結果が、後のマイル帝王への道へとつながった

inyofu 新馬戦の大差勝ちで非凡な能力を垣間見せた同馬だが、その一方でイレ込みが激しく、4歳春(旧年齢表記、以下同じ)のクラシック戦線でも良績をあげることができなかった。レースで力を出し切れない様子に距離の限界を感じた陣営は、ダービーへの出走を見送ることを決意。何としても愛馬を"晴れのダービー"へ送り込みたいと考える関係者がほとんどだった当時としては異例なほど早い決断だったが、これが見事に奏功、マイル戦のニュージーランドT4歳Sを勝ったニッポーテイオーは、瞬く間に変身を遂げた。

短距離路線のヒーローを目指して

inyofu 大きな挫折の中で、短距離路線に方向性を見出したニッポーテイオーは快進撃を開始する。そして、古馬最高の栄誉といわれる天皇賞を制するまでになった。ニッポーテイオーは、時代が求めたヒーローだった。
距離短縮で素質開花!天皇賞を5馬身差の圧勝!
inyofu  時代は変わり、競走体系の見直しの中で秋の天皇賞は2000mに短縮された。当時は賛否両論あったが、伝統は変わることなく受け継がれ、1987年、皇太子殿下夫妻(現在の天皇皇后両陛下)を競馬場に迎えて施行50周年を迎えることになった。
 その記念すべき天皇賞で後続に5馬身の差をつけて勝ったのがニッポーテイオー(24歳)だった。
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マイル帝王の座を確立!

inyofu さらに続くマイルチャンピオンシップでも5馬身差をつける驚愕のパフォーマンスを演じると、翌年の安田記念も難なく勝利して、ニホンピロウイナーに続く古馬マイルGI完全制覇を果たしたのだった。
 6歳の宝塚記念(2着)で引退するまでに獲得した重賞は7つ。マイル戦では2つのGIタイトルを含め、7戦して1度も連を外さない磐石の強さを見せつけた。己の進む道を極めたニッポーテイオー、まさに"マイルの帝王"と呼ぶにふさわしい優駿である。
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1988年の安田記念を勝利した後、宝塚記念(2着)に挑戦した。このレースを最後に現役を引退し、レックススタッドで種牡馬入りすることとなった。種馬としては大きな成果をあげることはできなかったが、母ヒロインとの間に生まれたアイドルホースであるハルウララ(113連敗)を送り出した父としては有名である。2000年に種牡馬を引退し、その後の余生を送っている。

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