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コラム

藤田伸二騎手1900勝の中で思い出すあのレースこのレース!

その風貌や、ストレートな言動から【番長ジョッキー】の異名を持つ藤田伸二騎手。昨年には1900勝を達成し、ツイッターのハッシュタグ【藤田伸二騎手1900勝のなかで思い出すあのレースこのレース!】も話題になった彼の魅力に迫る!
馬キュレ

藤田伸二ってどんな人!?

inyofu 藤田伸二(ふじたしんじ、1972年2月27日)は日本中央競馬会 (JRA) のフリー(どこの厩舎にも所属していない)の騎手。O型。2008年9月21日終了時点での通算勝利数が1500勝を超えるトップジョッキーである。北海道新冠町出身。本名は小川伸二(デビュー当時の姓は藤田であり改姓後も登録名は藤田伸二のままである)。愛称は「男」、「シンジ」。
inyofu 近年は夏になると生まれ故郷である北海道に滞在し、もっぱら函館・札幌両競馬場において騎乗する。両競馬場のレースにおける勝利数は非常に多く、「北海道の帝王」の異名を持つ。

その縁があって、2006年8月16日札幌ドームのプロ野球日本ハム-西武戦で背番号「男」のユニフォームを着て始球式を務めた。直球、ストライクを投げ込んだ。
inyofu 近年は関西所属でありながら、関東(中山競馬場・東京競馬場)での騎乗を大幅に増加させている。

豪快な騎乗センスに定評があるが、同時にクリーンな騎乗を心がけており、制裁の対象となることは非常に少ない。
非常に快活で一本筋の通した性格である藤田伸二騎手。また、お茶目な一面もあり、オリビエ・ペリエ騎手は自身の著書にて、2007年天皇賞・秋当日の朝、ロッカーを開けるとフランス国旗を持ったナイスボディの人形に「がんばれ!」と書いた紙が貼ってあるシンジからのプレゼントが置いてあったというエピソードを明かしている。

藤田伸二!華麗なる!?表彰歴!

inyofu 騎手・藤田伸二(41)。91年のデビュー当初から、武豊に次ぐ21年連続重賞勝利を飾り、ダービーや有馬記念、天皇賞など数々のGⅠタイトルを獲得。それだけではなく、特別模範騎手賞2回、フェアプレー賞17回という前人未到の表彰歴からも分かるように、騎乗に対する姿勢で高い評価を受けている名ジョッキーだ。
【フサイチコンコルド】で日本ダービーを制し、【シルクジャスティス】や【ローレルゲレイロ】、【トランセンド】などの名馬の主戦を務め、数々のGIレースで勝利に導いてきた藤田伸二騎手。近年では活躍の機会が少なくなっているが、能力は間違いなく超一流である。

藤田伸二騎手1900勝のなかで思い出すあのレースこのレース!

フサイチコンコルドによる日本ダービー制覇!
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圧倒的1番人気【ダンスインザダーク】や、JRA賞最優秀2歳牝馬【ビワハイジ】などがひしめく中、7番人気で出走した【フサイチコンコルド】駆る藤田伸二騎手。道中は好位につけ、直線入ると出走馬中1位となる上がり3ハロン34.9の脚で【ダンスインザダーク】を競り負かした。


【エイジアンウインズ】で【ウオッカ】撃破!
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既にGI2勝を含む重賞3勝、牡馬を押しのけ日本ダービーをも制した当時の最強牝馬【ウオッカ】。当然、このレースでも圧倒的1番人気となったが、藤田伸二騎手は【エイジアンウインズ】に乗り、【ウオッカ】との直線たたき合いを制し、勝利に導いた。


全盛期の【ナリタブライアン】を唯一破る!
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皐月賞、日本ダービーを制し、後に菊花賞制覇で三冠達成、有馬記念も制した当世最強馬【ナリタブライアン】。全盛期の【ナリタブライアン】に唯一、土を付けたのが藤田伸二騎手駆る【スターマン】である。当時の【ナリタブライアン】の単勝オッズは1.0倍の払い戻し、絶対負けられない戦いを強いられた馬を負かしたのだ。

藤田伸二騎手1900勝のなかで思い出すあのレースこのレース!
と題して、藤田伸二騎手のプロフィールや表彰歴、繰り広げてきた名レースをレース映像を添えてまとめてみた。
2013年には著書【騎手の一分】を発表し、何かと話題となったが、騎乗技術は間違いなく一流であり、並々ならぬ美学を持っている。
なにかと話題の尽きない藤田伸二騎手の今後に注目したい。

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