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騎手

破天荒な天才騎手 田原成貴

希代の天才ジョッキー田原成貴。「競馬界の玉三郎」と呼ばれ人気実力ともにNo.1であった。
競走馬

デビューしてすぐに一流騎手の仲間入り

初騎乗で初勝利を挙げ、その年に重賞初制覇もするという活躍は伝説である。
inyofu 厩舎所属馬のテンシンニシキで初騎乗・初勝利を挙げた。同年10月、リョクシュに騎乗してタマツバキ記念を制し、重賞初勝利。当年28勝を挙げ、中央競馬関西放送記者クラブ賞(関西新人賞)を受賞した。

今も忘れられない天才、田原成貴

天才的な騎乗と破天荒な性格で競馬ファンにとって忘れられない存在になっている。

マヤノトップガンとのコンビが美しい

田原成貴とマヤノトップガンのコンビは競馬ファンの心に今も残る名コンビである。
inyofu 騎手生活の後半にコンビを組んでいた「マヤノトップガン」の騎乗は今でも忘れられないコンビであります。 ミーハーな組み合わせだと思いますが、このマヤノトップガンの最後のレースとなった97年の春の天皇賞のインパクトを越えるレースは私にとっては今もありません。 それまで前目でレースをしていたこの馬を、まさかの後方待機からの追い込みで当時のレコードタイムを叩きだし、「サクラローレル」を一蹴したあのレースを作った田原成貴が私にとっては最も印象に残る騎手であり続けています。
inyofu とにもかくにも、逃げてG1を勝った馬を、追い込み策で復活させた田原成貴にみんな酔っていた。しかし、その直後に屈腱炎を発生してしまったトップガンは、秋を迎える事無く引退。しかし、ここで引退してしまったのだからこそ、「トップガンと田原成貴は美しい」と最近私はそう思うようになっている。

トウカイテイオーと田原成貴

トウカイテイオーの奇跡の復活を生み出した田原成貴。感極まって涙する場面も。
競馬ファンでなくても興奮必至のレースであり、競馬史に残る名レースである。
inyofu 表彰式のとき、馬上で田原成貴は泣いていた。そんな姿が絵になる男なんだ。今年話題になった藤田伸二『騎手の一分』には、この時の逸話が紹介されている。レース後に、田原は藤田に言った。  「どやった? ファンは酔うてたやろ」「感動するやろ、あの方が」。  “策士”田原のウソ泣きだったという説だ。私には、ええ格好しいの田原らしい強がりにも思えるのだけど、そんなふうに騎手の心まで覗いてみたくなるような魅力が田原にはあった。
嘘泣きだろうが本当に泣いていようが素晴らしいレースだったことは事実であり、田原は天才と呼ばれるに相応しい人物であった。

度重なる刑事事件で競馬界を追放

引退後に銃刀法違反・覚せい剤取締法違反容疑で逮捕され、調教師免許を剥奪され、その後も薬物所持、傷害などで複数回に渡り逮捕されており、日本中央競馬会から無期限の関与停止処分を受けた田原成貴。
inyofu たび重なる刑事事件で、競馬界から追われた田原を惜しむ気持ちはある。しかしそんなラフプレーをしでかして、ファンの記憶にいまも棲みついている。ひょっとして田原の思惑通りになったのかもしれないと思ったりもする。

田原成貴は天才ジョッキーとして多くの名勝負を繰り広げてファンを沸かせ、競馬の黄金時代を創った立役者である。派手なパフォーマンスや言動は反感をかうこともあったが、そんなラフプレーこそが魅力であり、競馬ファンの心を掴んでいたのだろう。度重なる刑事事件で逮捕されてしまったことは残念なことではあるが、それでも競馬ファンはいつまでも騎手・田原成貴の活躍を忘れられないだろう。

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