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【エリザベス女王杯の思い出】脅威の末脚!スノーフェアリー

今年で第40回となるエリザベス女王杯。2010年、2011年にはイギリスから参戦したスノーフェアリーが2連覇をしている。脅威の末脚を見せつけた。また、同一外国馬によるJRAの同一平地G1連覇は初となった。そんなスノーフェアリーについてまとめてみた。
馬キュレ
inyofu 1970年に4歳(現3歳)牝馬三冠競走の最終戦として創設された『ビクトリアカップ』が前身で、1975年にエリザベス女王が来日されたのを記念して、翌1976年から『エリザベス女王杯』として新たに第1回の競走が開催された。当初の競走条件はビクトリアカップを踏襲し、京都競馬場の芝2400m(外回り)、負担重量は定量、4歳(現3歳)牝馬限定の混合競走であった。
その後、1996年の牝馬競走体系の整備に伴い、競走条件が4歳(現3歳)の牝馬限定から4歳(現3歳)以上の牝馬限定に変更され、同時に距離も芝2400m(外回り)から芝2200m(外回り)へと短縮された。これにより、本競走は牝馬三冠路線を戦ってきた4歳(現3歳)の実績馬と古馬の強豪牝馬が一堂に会し、覇を競い合う一戦としてリニューアルされた。現在では、晩秋の京都競馬場を華やかに彩る“3歳以上の女王決定戦”として親しまれている。

わずか21万円の馬?!

父Intikhab、母Woodland Dream(母父Charnwood Forest)という血統。
当時、周囲の評価は低かった。
inyofu  スノーフェアリーは1歳時に12月のタタソールズアイルランドのセリ市に上場され、わずか1800ユーロ(約21万円)で主取りされた経緯を持っている。

英オークス&愛オークスを制覇

父Intikhabがマイラーだったことから、マイル以下の距離を使っていたがぱっとせず、中距離を試したところ快勝。その後距離を伸ばし英オークスへ進むと、クビ差で勝利し、続く愛オークスでは8馬身差をつけて圧勝した。
inyofu  現地時間18日、愛・カラ競馬場で行われた愛オークス(3歳牝、愛G1・芝12f、15頭立て)は、R.ムーア騎手騎乗のスノーフェアリー Snow Fairyが、ミスジーンブロディ Miss Jean Brodieに8馬身差をつけて圧勝した。勝ちタイムは2分34秒80(稍重)。さらに3/4馬身差の3着にはレディルーパス Lady Lupusが入り、1番人気に推されていたヒバーイェブ Hibaayebは最下位の15着に敗れている。
 勝ったスノーフェアリーは現地時間6月4日に行われた英オークス(英G1)も制しており、昨年のサリスカ Sariskaに続く2年連続の英愛オークス連勝馬誕生となった。
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エリザベス女王杯を連覇

2010年のエリザベス女王杯で、イギリスのスノーフェアリーが参戦した。鞍上はR.ムーア。
3冠を達成したばかりのアパパネが1番人気で、2番人気メイショウベルーガ、3番人気アニメイトバイオ、スノーフェアリーは4番人気だった。
4コーナー~直線で有力馬が外を回ったのに対し、スノーフェアリーは内を通って突き抜けた。

また、翌年もスノーフェアリーが参戦。その年はまだ勝利がなかったが、1番人気に支持された。
G1馬7頭といった豪華メンバー。スノーフェアリーは大外18番だったが、3コーナー手前で内へ潜り込み、コーナーをロスなく回って、直線は脅威の末脚で2着のアヴェンチュラにクビ差で勝利した。
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2013年に引退、繁殖牝馬へ

2012年にアイリッシュチャンピオンステークスを制すると、凱旋門賞とブリーダーズカップターフを目指す。
しかし脚部不安で2レースを回避して休養へ。
翌年、復帰を目指して調整するが、左前脚屈腱炎を発症し引退した。
馬主が所有するアイルランドの牧場で繁殖入り。初年度は自家生産馬のElusive Pimpernelと配合。今年3月の出産した。



2010年、2011年は世界の末脚に驚かされたエリザベス女王杯だった。また、こんなに強い馬が買い手がつかず20万弱で主取りされたというのも驚きだ。今はアイルランドで繁殖生活を送っているスノーフェアリーだが、彼女の仔が日本で走る日も見てみたいものだ。

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