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【ジャパンカップの思い出】一流への第一歩。シングスピール

1996年にジャパンカップを制した、アイルランド生まれのシングスピール。それまで善戦ばかりのイメージであったが、名手ランフランコ・デットーリ騎手を背にジャパンカップを制した後は、ドバイワールドCや英国際Sも制覇。そんなシングスピールについてまとめてみた。
馬キュレ

シングスピールの血統

inyofu 父インザウィングスはサドラーズウェルズ産駒で、この当時はまだそれほど種牡馬として名前は売れていなかったものの、このシングスピールの活躍をきっかけにブレイクし、今や世界中で数多くの活躍馬を送り出している。
inyofu 母のグロリアスソングはデヴィルズバッグの全姉に当たる良血で、しかも1980年のカナダ年度代表馬に選ばれているピカピカの名牝。母としても人気種牡馬ラーイを生んで、既に一流の繁殖牝馬としての評価を得ていた。
また、半兄に種牡馬ラーイや、アマゾンオペラやメイセイオペラを輩出した種牡馬グランドオペラがいる。

ローカル開催でデビューし、善戦が続く

デビューは2歳の9月。レスター競馬場で、5着という結果だった。2戦目のチェスター競馬場で行われた未勝利戦で勝ち上がった。
3戦目はアスコット競馬場で行われたハイぺリオンS。セルティックスウィングの8馬身差の2着だったが、この馬は後に仏ダービーなどを制する。
inyofu 3歳時にはパリ大賞やエクリプスSで2着、4歳となったこの年にはコロネーションCで2着など、毎レース必ず善戦はするもののビッグタイトルを獲得するには至らなかったシングスピール。

カナディアン国際Sで初G1制覇!

BCターフ(12ハロン)に目標を定め、同条件のG1・カナディアン国際Sに出走。
チーフベアハートを破り、初G1を制した。

目標であったBCターフでは、ピルサドスキーの2着に敗れた。

1996年ランフランコ・デットーリ騎手でジャパンカップを制覇!

inyofu レースは壮絶な死闘となった。
 直線、逃げたカネツクロスを交わして、ファビラスラフイン、エリシオ、ミラノ大賞などを勝っているストラテジックチョイスが先頭に立って叩き合う。その間を割るようにして抜け出てきたのがシングスピールだ。
 4頭による追い比べは、やがて内の2頭、ファビラスラフインとシングスピールの争いに絞られる。このデッドヒートはゴールまで続き、ハナ差だけシングスピールが競り勝って1着、デットーリ騎手は右手のムチを高々と突き上げて喜びを爆発させたのだった。
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飛躍の5歳時

ジャパンカップを制すると、その年のエクリプス賞最優秀芝牡馬を受賞。
翌年の5歳時には、ドバイワールドカップを制し、G1のコロネーションカップや英国際Sも勝利している。
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引退し種牡馬入りすると、ドバイワールドカップの親子制覇となったムーンバラッドや、日本で活躍したローエングリン等を輩出した。

シェイク・モハメド氏の所有馬、日本で活躍中!

シングスピールの馬主であるシェイク・モハメド氏の所有馬は、現在日本で大活躍中。
うまキュレの覆面馬主軍団も、モハメド氏の馬に注目中!
↓そんな記事はこちら。
シングスピールに関する馬はたくさん活躍している。例えば、産駒のローエングリンは皐月賞馬ロゴタイプを輩出している。また、同馬主のシェイク・モハメド氏の馬も、期待できる馬はたくさんいる。そんな馬たちを応援していくのも、今後の楽しみだ。

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