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日本競馬界の悲願「凱旋門賞制覇」を夢みた日本馬たちの挑戦の歴史

フランスで行われる「凱旋門賞」。今までにディープインパクトやオルフェーヴルといった数々の名馬が挑戦し、
敗れている。本記事では、この凱旋門賞における、日本馬出走の歴史を振り返ってみる。
凱旋門

凱旋門賞(Prix de l’Arc de Triomphe)とは?

inyofu 凱旋門賞(Prix de l’Arc de Triomphe)は第一次世界大戦の勝利を祝し、1920年に創設。毎年10月の第1日曜日に行われ、芝2400m級では世界最高峰に位置するレースである。賞金総額400万ユーロ(約5億3320万円)、1着賞金2,285,600ユーロ(約3億500万円)。
inyofu フランスのロンシャン競馬場(パリ郊外のブローニュの森にある)で毎年10月の第1日曜日に開催されるレース。
inyofu スピードシンボリが1969年に初挑戦して以来、日本馬は今年まで延べ16頭が参戦。過去91回の歴史で優勝を独占してきた欧州馬の牙城を崩せず、日本競馬界の悲願はまたしてもかなわなかった。
このように、凱旋門賞とは世界最高峰に位置づけられるレースで、日本の競馬が世界に通用することを証明するために、
なんとしても手に入れたい「日本競馬界の悲願」とまで言われるタイトルである。

凱旋門賞に出走した歴代日本馬と成績

inyofu 1969年:スピードシンボリ(Speed Symboli):11着
1972年:メジロムサシ(Mejiro Musashi):18着
1986年:シリウスシンボリ(Sirius Symboli):14着
1999年:エルコンドルパサー(El Condor Pasa):2着
2002年:マンハッタンカフェ(Manhattan Cafe):13着
2004年:タップダンスシチー(Tap Dance City):17着
2006年:ディープインパクト(Deep Impact):3着
(レース後、薬物違反により失格)
2008年:メイショウサムソン(Meisho Mamson):10着
2010年:ナカヤマフェスタ(Nakayama Festa):2着
    ヴィクトワールピサ(Victoire Pisa):7着
2011年:ヒルノダムール(Hiruno D Amour):10着
    ナカヤマフェスタ(Nakayama Festa):11着
2012年:オルフェーヴル(Orfevre):2着
    アヴェンティーノ(Aventino):17着
2013年:オルフェーヴル(Orfevre):2着
      キズナ(KIZUNA):4着
日本馬が出走した過去12回のレースで、日本馬の最高順位は2着。
近年ではオルフェーヴルが2012・2013年の2年連続で2着と惜しいところまではきているが、
凱旋門賞制覇の夢はまだ果たされていない。

日本馬が出走した凱旋門賞レース動画

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1986年にはシリウスシンボリが挑戦するも14着に終わっている。
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1999年に挑戦したエルコンドルパサーは惜しくも2着。
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今後も日本競馬界の期待を背負った競走馬たちが、このレースへの挑戦を続けていくのだろう。
凱旋門賞制覇の夢が叶うときはいつになるのだろうか?

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