TOP > 競走馬 > 大逃げエンジン点火!ツインターボ伝説
競走馬

大逃げエンジン点火!ツインターボ伝説

大逃げのツインエンジンで人気を博したツインターボの名レースや記事、エピソードをまとめてみた。
エンジン

「ツインターボ」その名に恥じない”大逃げ”が得意技!

inyofu ツインターボは、日本の競走馬である。1991年のラジオたんぱ賞、1993年の七夕賞とオールカマーに勝利。常に後続を大きく引き離す大逃げという戦法の馬で勝つときは圧勝、負けるときは急激な失速から惨敗という極端なレース運びから人気を博した(後述)。中央競馬において「最後の個性派」とも呼ばれた[1]。

大逃げ伝説の始まり

inyofu  デビュー当初から逃げ一筋だったツインターボは、そのスピードを武器に4歳時(旧年齢表記、以下同じ)のラジオたんぱ賞で後続を完封、見事に初重賞制覇を成し遂げる。続くセントライト記念と福島記念でも、連続して2着に入る粘り強さで活躍をしていたが、暮れに行われた有馬記念のレース中に発症した鼻出血の後遺症か、その後、しばらくは不振であった。
 しかし6歳の夏、福島競馬場での七夕賞でツインターボは突如蘇った。笹倉武久調教師に「思い切った逃げの打てる人物」と見込まれた中舘英二騎手は、師の思惑どおりにスタートからどんどんとツインターボを加速させると、前半1000㍍通過57秒4という凄まじいペースで後続を突き放し、4馬身差の圧勝劇を飾ったのであった。

伝説のオールカマー

inyofu  平成5年の産経賞オールカマーには、前々年の桜花賞馬シスタートウショウをはじめ、GI常連のイクノディクタス、ムービースター、ホワイトストーン、この年の川崎記念と帝王賞を勝った大井のハシルショウグンら一線級のメンバーが顔を揃えた。それらのなかで単勝1.8倍という圧倒的1番人気に推されたのはライスシャワー。前年の菊花賞でミホノブルボンの三冠をレコードタイムで阻止し、また、この年の天皇賞(春)では3連覇を目指すメジロマックイーンを再びレコードタイムで破った彼が、秋の始動戦として登場、その走りに注目が集まった。
 しかし、ライスシャワーは見せ場もなく3着に敗れてしまう。かわってレースの主役となったのが、3番人気のツインターボだった。外枠から飛び出し、1コーナーへ入る前に早くも単独先頭に立った同馬は、11秒台のラップを立て続けに刻み、後続とのギャップをさらに広げていく。向正面で2番手ホワイトストーンとの差は優に50メートルを超え、場内からはどよめきが起こった。しかし、これこそが、ツインターボのスタイル。前走の七夕賞では、前半1000メートル通過57秒4のハイペースを押し切って2年ぶりの勝利を収めていた。

ファンの心を掴んだ戦法

inyofu 大きな戦績がないのにも関わらず、思い出されるのは、やはり、破れかぶれのような大逃げであり、それが競馬ファンに愛されたからです。

逃げ馬は時として逃げないこともありますが、この馬は確実にしかも馬鹿みたいに圧倒的に他馬を離して逃げるのです。

実況も唸らせるほどの圧倒的逃げ切り

inyofu 「ライスシャワーは届かないか!ライスシャワーこれはもう無理!
11番のツインターボ!見事に決めたぞ!逃亡者!ツインターボ!」

(塩原恒夫アナウンサー)
動画を見る
動画を見る
オールカマーの見事な逃げ切り勝ちの後は精彩を欠き、二桁着順の大敗を続けた。そして、1995年の新潟大賞典を最後に中央競馬からは離れることとなる。その後、公営・上山競馬へと転厩する。転厩先でも奮った成績を上げられず、1996年現役生活にピリオドを打った。引退後種牡馬入りするも、1998年1月15日に心不全で死亡した。

side-mark ページ上部へ
prev top next
  • 【PR】
  • 関連タグ
    kusa_line