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あの馬がこのレースを・・・?意外な馬の意外な勝ち鞍まとめ

特定のレースばかりに注目が集まるような馬の中には、実は思わぬところで思わぬ活躍を見せていた馬が案外いるものです。 今回はそんな「あの競走馬の意外な勝ち鞍」をまとめてみました!
馬キュレ

【アドマイヤドン】

『砂の王者』として長い間ダート戦線に君臨し、通算GI勝ちは7つ。JBCクラシック3連覇、南部杯、帝王賞、フェブラリーS・・・・・この勝ち鞍にあと1つ足せと言われたら、「ジャパンカップダートか東京大章典」あたりだと思う人が多いと思います。 正解は2001年の「朝日杯フューチュリティステークス」。砂のレースでの印象が非常に強い馬ですが、3歳時には『2歳王者』としてクラシック戦線に参戦。皐月賞(7着)、ダービー(6着)、菊花賞(4着)と、三冠に皆勤していました。 ちなみに東京大章典に出走したことは無く、ジャパンカップダートは3度挑んで3着、2着、2着でした。

【ヴァーミリアン】

先日ホッコータルマエに抜かれましたが、それ以前の最多GI勝ち記録『9勝』を誇る砂の名馬。5歳初戦の川崎記念でGI初制覇を収めて以降、ラストランとなった8歳時のジャパンカップダートまでダートGIのみを連戦し、勝ち星を積み重ねました。 そんなヴァーミリアンですが、デビューは10月の京都芝1800m戦というクラシックを目指す馬の王道的条件。暮れの「ラジオたんぱ杯2歳S」では後の菊花賞3着馬ローゼンクロイツ、皐月賞3着・菊花賞2着馬アドマイヤジャパン、皐月賞2着馬シックスセンスをまとめて負かしまし、自身の重賞初勝利を収めました。 この頃には既に「新馬戦を勝ったばかりのディープインパクトという馬が物凄い」という話で持ちきりになっており、出世レースを勝ったヴァーミリアンは打倒ディープインパクトの最有力候補と見られていたのですが、その後はスプリングS、皐月賞、京都新聞杯、秋初戦の神戸新聞杯と、芝で4連続二桁着順。この後ダート路線に転戦し、ダート王として長く活躍することとなったわけです。

【ホクトベガ】

交流重賞での活躍や、今や伝説となっているエンプレス杯での大差圧勝、そしてドバイワールドカップ・・・・・。いずれも『ダート』での実績ですが、本格的にダート路線を歩んでいたのはキャリア後半(6歳~7歳春)のみ。 この馬がまだ若かった頃は中央ダートの重賞数が少なく(ジャパンカップダートはまだ無く、フェブラリーSもGIIだった時代)、地方交流重賞もあまり盛んではなかったため、今のように芝である程度の実績を残した馬がダート路線に転身することはあまりありませんでした。 3歳時に二冠馬ベガなどを下して「エリザベス女王杯」を勝ち(ベガはベガでもホクトベガ!の実況で有名ですね)、その後も今ひとつ勝ち切れないレースが続いたもののある程度の実績を残していたこの馬の転機は1995年、5歳の6月13日。この年は『交流元年』と言われ、地方重賞のうち11競走にJRA勢が出走可能になった年でした。 そのうち唯一の牝馬限定重賞だったエンプレス杯で後続に18馬身差の大差圧勝を収め、ダート適性の高さを見せましたが、残る交流重賞は牡馬との混合戦。中央のダート重賞もほとんど無く、5歳一杯は中央の芝で負け続けていたのですが、翌1996年に出走可能な交流重賞が25競走に大幅増加。「年間を通じてダート交流重賞のみを走り続ける」というローテーションが可能になり、明け6歳となった2月の川崎記念を皮切りに、帝王賞や南部杯を含め連戦連勝を果たしました。 ちなみに勝利を収めたダート競走のうち、川崎記念(2回)、フェブラリーS、帝王賞、南部杯が現在ではGIになっていますが、これらの交流重賞やフェブラリーSがGIになったのは1997年のこと。 ダートでこれだけ活躍した馬ですが、記録の上では『GI1勝・エリザベス女王杯のみ』という少々意外な状況となっています。

【イシノサンデー】

『交流元年』といえばこの馬も忘れてはいけません。1996年の皐月賞馬ですが、ダービーの2400mで距離への不安が出たことや、雪のためたまたまダートに変更された3歳初戦のジュニアCを楽勝したことから、3歳秋の目標を菊花賞でも天皇賞(秋)でもなくこの年増えたばかりの交流重賞ダービーグランプリと、開放されたばかりのジャパンダートダービー(どちらも2000m)に。 ダービーグランプリでは3着に敗れましたが「ジャパンダートダービー」の方を見事勝利。後にカネヒキリやゴールドアリュール、ユートピアなど名だたるダートの強豪が勝つこととなるこのレースの、JRA勢初の勝ち馬となりました。 こちらもGIに昇格したのが1997年だったため記録の上では『GI1勝・皐月賞のみ』となっていますが、ホクトベガやイシノサンデーといった中央GI馬が初期に参戦したことが、その後のダート交流重賞や中央ダート路線の整備に繋がったと言われています。

【エルコンドルパサー】

NHKマイルCとジャパンカップを勝ち、フランスのサンクルー大賞も勝ち、凱旋門賞2着。生涯完全連対(11戦8勝2着3回)を果たしたことでも知られるこの馬の勝ち星の中に『ダート重賞』が含まれていることは、後からこの馬を知った人は意外に知らないかもしれません。 というのも勝ったレースの名前は「共同通信杯」。普通なら東京芝1800mで開催されるGIII戦なのですが、この年は雪の影響でダート1600mに変更されておりました。 馬体が未完成だからという理由でダート戦でデビューし、ここで芝の適性を試す予定だったこの当時のエルコンドルパサーにしてみればある意味ラッキーな条件替わりだったと言えますが、ここで芝を試せなかったため結果的に強豪が集まるNHKマイルCの前哨戦・ニュージーランドトロフィーが初芝に。実力のある馬はこれでも勝てるのだということを、しっかり見せてくれました。

【トーセンジョーダン】

5歳時に2011年の天皇賞(秋)を日本レコードで勝利。初重賞勝ちが4歳11月のアルゼンチン共和国杯、初GI挑戦が4歳12月の有馬記念・・・・・という戦歴からは『5歳になって突如強くなった遅咲きの馬』という印象を受けますが、実は2歳の暮れの時点で「ホープフルS」を勝っており、クラシックの有力候補と目された経歴の持ち主でもあります。 ところがせっかくホープフルSを勝ったのに裂蹄でクラシックを丸々断念せざるを得なくなり、3歳11月にようやく復帰を果たしたものの、寒い冬場に2走しただけでまたもや裂蹄を発症。休養期間が長く、3歳時に3走、4歳時に5走しかしてないことが「5歳になって急に出てきた」印象に繋がっているのでしょう。

【オフサイドトラップ】

1998年の天皇賞(秋)の勝ち馬です。この時はレース前もレース後もサイレンススズカの話題一色だったため、この馬について語られることはほとんど無い状況でした。 7歳(旧齢8歳)になって重賞初勝利を収め、そこから3連勝で念願のGIタイトルを奪取。それ以前にも重賞上位の常連ではありましたが、若い頃に発症した屈腱炎の影響で騙し騙しの調整だったせいかなかなか勝ち切れず、ちょっと好走したと思ったら屈腱炎の再発で長期休養。重賞初勝利が遅かったのも、年齢的に次に屈腱炎を再発したら引退、しかし重賞未勝利のままでは引退しても先が無い。ならば・・・・・といったような心境の変化があったのではないかと思います。 屈腱炎による長期休養は計3度に及び、それ以外の期間のほとんども脚元との戦いだった馬でしたが、旧齢8歳まで現役を続けていた理由は3歳時の活躍があったからこそ。 主な勝ち鞍の大半が終盤に偏っているため若い頃の活躍はあまり語られませんが、まだ屈腱炎を発症する前だった皐月賞トライアル「若葉ステークス」では、当時大物だと噂されていたエアダブリンを一蹴し快勝しています。 この後あたりから脚部に不安が出始めた影響もあり、皐月賞・ダービーとも不甲斐ない成績に終わってしまいましたが(まぁ相手はあのナリタブライアンでしたので、万全でも勝てたかどうか・・・・・)、若葉ステークスで負かしたエアダブリンの方はダービー2着、菊花賞3着。脚さえ治ればひょっとして、と思うのも当然だったと言えるでしょう。

【イングランディーレ】

2004年の天皇賞(春)を人気薄で逃げ切り、世間を驚かせたイングランディーレ。2003年には「ダイヤモンドステークス(芝3200m)」と「日経賞(芝2500m)」を勝ち、5番人気で天皇賞(春)に臨んでいたのですが、この時9着に負けたこと、翌年まで交流重賞ばかり走っていたことなどから、2004年には10番人気にまで評価を落としていました。 03年天皇賞(春)の後に旭川の「ブリーダーズゴールドカップ(ダート2300m)」と金沢の「白山大賞典(ダート2100m)」を勝っており、04年天皇賞(春)へのステップにしたのはダイヤモンドステークスでも阪神大賞典でもなく船橋の「ダイオライト記念(ダート2400m)」2着。 意外な勝ち鞍ということで紹介してきましたが、この馬に関してはそもそも『03年の天皇賞には前哨戦をしっかり勝って臨んでいた』のと『ダート長距離重賞を2勝している』ことのどちらが意外なのか、ちょっとよくわからなくなってきてしまいました。 ちなみに天皇賞の後に陣営が「ゴールドカップに向かう」と明言した際、ネット上などでは「イギリスの芝4000mの『ゴールドカップ』に遠征するのか」「連覇が懸かる『ブリーダーズゴールドカップ』を略しただけでは」と意見が噴出。 前者は芝、後者はダート。普通の天皇賞馬であればそもそもダートという選択肢が出ること自体稀ですが、本気でどちらなのか解らなかったのがこんな戦績を持つイングランディーレらしいところです。なお正解は『両方のゴールドカップに出走』でした。

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