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競馬ファンに愛される理由【白井最強伝説】とは?!

競馬界には様々な伝説の持ち主がいますが、そうした中でも特に有名なのが

【白 井 最 強 伝 説】

でしょう。

ここで「最強」とされる白井とは、1998年のダービー馬スペシャルウィーク、芝ダート国内外を問わない活躍を見せたアグネスデジタルなど管理し、2015年2月末をもって定年引退となった白井寿昭元調教師のことですが

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[※2016年6月25日現在]

・・・・・と、正式名称の倍以上『最強』という呼称が使われていることからも、その最強ぶりを窺い知ることが出来るでしょう。

既にこれらの最強伝説をまとめたサイトも多くありますが、今回は数ある伝説のうち、確認可能なものの検証を交えつつ紹介していきましょう!
馬キュレ

【白井最強伝説】

立命館大学入学後、迷うことなくマンドリンクラブに入部。
(補足・・・競馬界では珍しい大卒です)


厩務員試験の面接で、何で厩務員になりたいのかと訊かれ、「ダービー馬を育てる調教師になりたい」 と場違いな発言。面接官を絶句させる。
(補足・・・1968年に厩務員として競馬界に入り、1973年に調教助手となり、1978年に調教師免許を取得。1998年にスペシャルウィークでダービーを制しました。有言実行!)


橋本広の結婚式で、 「橋本くんはスタートは遅いんですが、手は速かったですねえ(苦笑)」と スピーチ。 場内の爆笑を誘う。
(補足・・・橋本広喜騎手は1991年デビュー、1994年1月に21歳で結婚)


89年のキーンランドセールで、ダンシングキイにひと目惚れ。吉田照哉氏に、「この馬の子を預からせてください」 と頼み込む。
(補足・・・実際に預かったのはダンスパートナーのみでした)


スペシャルウィークの天皇賞・春1週前追い切りを終えて。
白坂「ハハハ、仕上がってもうたな、先生」
白井「あとはこのデキを維持していくだけやな」
(補足・・・ちゃんと維持して勝ちました)


スペシャルウィークが勝ったJCのパドックで、「ダービーと同じ体重や。ユタカ、おめでとう」 と発言。
全国ネットのドキュメンタリー番組で放送される。
(補足・・・ダービー時は皐月賞476キロ→468キロ、ジャパンカップ時は京都大賞典486キロ→天皇賞秋470キロ→468キロ。「おめでとう」と言える状態では無さそうな馬体重の変遷ですがちゃんと勝ちました)


アグネスデジタルの勝った天皇賞・秋のパドックで。
四位「先生、次はマイルCS行くんですか?」
白井「バカヤロー、おまえは外ラチに向かって目一杯追ってくればいいんだよ!」
(補足・・・オレンジ帽子の7枠10番。重馬場だったので外に出せ、ということでしょうか)
動画を見る



香港Cでは一転、スローペースを見越して先行策を指示。見事完勝。
(補足・・・馬番は1番、4角で先頭に立った赤い帽子の栗毛馬です)
動画を見る



アグネスデジタルの天皇賞・秋(01)出走前の出来事。
吉田勝己(クロフネの共同馬主)「白井先生、マジですか?」
白井「今回だけはどうしても使いたい」
たった一言で天下の社台グループを一蹴。
(補足・・・このためクロフネはやむなく武蔵野Sに出走。伝説の圧勝が生まれました)


当歳時のアグネスデジタルを見て、「この馬売るのか?」とプライドの高いアメリカ人生産者を挑発。


その後、デジタルを買おうとしたクールモア関係者に生産者は一言。「そのcoltはMr.シライに売約済みだ」


ナンバー増刊、「最強馬アンケート・私が手がけた馬編」より。「そりゃ文句なしでスペシャルウィークだよ。理由は必要ないだろう」


天皇賞出走が微妙だったアグネスデジタル。
「生産者を守ることがそんなに大切か。本当に大切にすべきなのはファンやろが」と役人が思っていても言えなかったことを見事代弁。
(補足・・・当時の天皇賞はマル外の出走枠が2つだけで、先述のクロフネ除外もこれが原因でした。2005年からは何頭でも出られるようになっています)


的場に最後のGⅠを(京都で)獲らせた。
(補足・・・2000年のマイルチャンピオンシップ、勝ち馬アグネスデジタル。)
動画を見る



実話ヘッドバットの塩崎利雄と藤田の対談より。
藤田「10年ぶりに白井厩舎に顔を出して、攻め馬に乗せてもらえるかと思ったらホウキとチリ取り渡されて、『ちょっと大仲(厩務員の控え室)の前を掃いてきてよ』だもん。 ナニぃー、この野郎って(笑)」
塩崎「1000勝ジョッキーに掃き掃除させるのはあの人ぐらいだろ。あの人も伸二と一緒で競馬サークルの外から入って、苦労してトップトレーナーになった人だからな。」


2005年最大のヒット作「白井寿昭 G1勝利の方程式」より
「世界にひとつしかない、スペシャルウィーク&アグネスデジタルの蹄鉄で作られた灰皿は、フランスのエルメスに発注したもの」
一流のホースマンには一流のブランドが良く似合う。
(カラーページ・秘蔵写真初公開!!より)


「ファンのために言いますけど、馬券は新馬戦が1番わかりやすいと思います。血統、仕上がり具合、スタートのうまさなど、消去法でいけば見えてきます。僕がファンであれば、そういうところを研究した馬券ばかり買うと思いますよ」と調教師ながら、ファンに馬券の買い方を指南。銭湯で競馬欄を見た原点を忘れない。


馬運車で牧場へ帰るスペシャルウィークを見送る白井師の姿が全国ネットのドキュメント番組で放送。
「元気でな、スペシャルくん」と涙ながらに見送る師の姿が視聴者のもらい泣きを誘う。
(補足・・・動画がありました。)
動画を見る



馬券ブレイクの藤田インタビューより
「白井先生を目の前にしたら言いたいことが言えなくなります。物凄く怖い人だから。先生が、「何か言え」と言うほど何も言えなくなる。」
「10年間不義理を働いたことをお詫びしたときに、先生が言ったことは「腹を切れ」だけ。もちろん怒ってはいたんだろうけど、先生の愛情を感じましたね」


2007年4/29、天皇賞(春)…。
解説として、NHKに出演。御大が気になる一頭として、あげた11番人気エリモエクスパイアが大激走の2着。


※馬場情報(日刊スポーツ)
いじま記者
~略~~あるジョッキーが、重要な返答をくれた
「東京の馬場は意外に内側が悪いんですよ、雨がふったらなおさらじゃないですかね。今年もそうみたいですし」
更にフサパンの白井師にも同じ質問を
「そら外が有利になるやろな。アグネスデジタルの天皇秋(01年・重)の時、四位に『観覧席に向かって走れ』と指示した事がある(笑)」
慌てて調べてみたが、本当に大外をデジタルが1頭だけ突き抜けていた。
東京芝コースは雨が降れば外有利。その傾向は翌週も、例え良馬場になっても続くということ、と考えたい


松田国英師 勢司和浩師 伊藤雄二元調教師がウオッカのダービー参戦に疑問符なのに対し
心身の成長が著しいウオッカの挑戦を支持する“援軍”も現れた。
95年の菊花賞に牝馬ダンスパートナー(5着)を挑戦させた白井寿昭調教師だ。
「夏を過ぎると、牡馬との差は広がります。だからこそ、この挑戦は面白い。
ボクが菊花賞に挑戦させたのは、あの世代のダービーよりオークスの勝ち時計が速かったから。
その意味でも今年は興味深く見ていますよ。」
(補足・・・ダービー前のウオッカについて。勝ちました。)


藤沢和雄
2キロ差があっても牡馬と牝馬の戦いは苦しいもの。
今年の牝馬のレベルは高いが、短距離ならばそれほど苦ではない。だが、2400になると大違い。

浜田光正
2歳ならともかく、3歳の春にはすでに牡牝に差が出る。
大変だと思うけど頑張って。

白井寿昭
オークスの勝ち時計がダービーを上回ったこともあり挑んだ。仏遠征のあとの3000mは厳しかった。(ダンスパートナーについて)
牡馬との差が出てくるのは、ひと夏越した3歳秋以降で、春の時点ではまだ対等に戦える。
今年の3歳牝馬はレベルが高いし、ウオッカは性別差をクリアする精神力もありそう。
十 分 チ ャ ン ス が あ る と 思 う 。
(補足・・・ダービー前のウオッカについて。勝ちました。)


伊藤雄二「白井調教師は僕にはなかなか測り知れない、したたかな勝負師」



・・・・いかかがでしたか?
「最強伝説」とひと括りにしても色々な逸話がありますね。そして、共通するのは白井先生の人柄と多くの競馬ファンに愛される理由。

これから先も様々な最強伝説を作ってくれそうです!



※白井寿昭オフィシャルサイトはこちら
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