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歴史を刻んだ名馬 エルコンドルパサー

10月2日、フランスのシャンティ競馬場で行なわれる凱旋門賞2016
1969年のスピードシンボリを皮切りに、これまで何頭もの日本調教馬が挑戦した。
馬キュレ


中でも1999年2着エルコンドルパサーの存在意義は大きい。

【欧州の地で日本馬大敗の歴史にピリオドを打つ!】

そもそも、日本馬の海外挑戦は大敗の歴史でもある。

1958年、ハクチカラが日本馬として米国へ初の海外遠征を行なった。初戦は1着から10馬身以上も離された最下位。続く2戦目も最下位と大敗した。ハクチカラは1956年の日本ダービー馬。1957年は天皇賞と有馬記念を勝った一流馬だった。
1962年に天皇賞馬タカマガハラ、1964年に天皇賞馬リュウフォーレルと日本の一流馬が米国に参戦した。しかし、いずれも1着から30馬身以上の大敗であったとされる。

また、日本馬は競馬発祥の地・欧州にも挑戦する。
特に1969年は日本の一流馬スピードシンボリが欧州のチャンピオン・ディスタンスである中長距離路線へ参戦。しかし、初戦のキングジョージ6世&QESは勝ち馬から8馬身以上、さらに同年の凱旋門賞は、着順が公式記録に残らない着外(11着以下)と大敗する。
その後、凱旋門賞に1972年メジロムサシ、1986年シリウスシンボリと国内の一線級が挑戦。しかし、いずれも10着以下に敗れた。
特に1985年の日本ダービー馬シリウスシンボリは、1985年の夏から1987年5月まで2年間に渡り欧州で挑戦を続けた。しかし、14戦0勝。欧州に於ける王道路線の高い壁に阻まれた。

『1999年、エルコンドルパサー海外挑戦。欧州へ』
inyofu 本場欧州の中長距離路線はまだまだ敷居が高く、エルコンドルパサーのような国内最強クラスでも一介の挑戦者でしかなかった。ところが、長期滞在により順応を図ったエルコンドルパサーは、2戦目のサンクルー大賞を圧勝。日本調教馬として初めて、欧州の中長距離G1制覇という歴史的偉業をやすやすと成し遂げてみせる。

【主役の一頭として凱旋門賞へ】

競馬発祥の地・欧州に於いて、チャンピオン・ディスタンスの中長距離は重要路線であり、王者を決める大レースが行なわれる。中でも凱旋門賞は世界でも最も権威の高いレースのひとつと評価されている。

『エルコンドルパサー、世界的名馬へ』
inyofu サンクルー大賞では前年の仏・愛ダービー馬ドリームウェルらを一蹴。ヨーロッパのチャンピオン・ディスタンスとされる芝2400メートルで日本調教馬初のGI制覇という快挙を成し遂げた。さらに3戦目のフォワ賞も手中にし、迎えた大一番の凱旋門賞では、他馬の目標になって逃げる苦しい展開から最後まで素晴らしい粘りを発揮し、勝ち馬モンジューから半馬身差の2着に食い込んだ。結果敗れはしたが、モンジューより3.5キロも重い斤量を背負い、3着以下を6馬身置き去りにしたレース内容に、現地のマスコミは「今年の凱旋門賞にはチャンピオンが2頭いた」と、惜しみない賞賛を贈ったのだった。

【海外の競馬関係者の意識を変える】

歴史的名馬に数えられるモンジューには惜敗したものの、異国の地で記憶に残るパフォーマンスを見せたエルコンドルパサー。その走りに海外の競馬関係者も日本競馬に対する意識を変えた。

『国際的なレーティングは134ポンド。この数字は日本調教馬としては突出しており、世界的に見ても歴代最上級の評価だろう。一部では欧米馬に偏重する傾向とも言われる国際的なレーティングだが、その中で134ポンドはエルコンドルパサーの実力を高く評価したに他ならない』

『異国で奮闘する日本人に勇気を届けた』
inyofu クラシックへの視界が開けるとともに、生産者の服部健太郎は胸が高鳴っていた。98年に渡った修業先のアイルランドでは、競馬後進国からやってきた若者に対して、現地スタッフは見下した感情を隠そうともせず、単なる労働力として仕事では酷使された。インターネットも普及していない時代。心の支えは、家族から3か月に1度送られてくる日本の競馬雑誌だった。 その状況に変化が起きたのは99年秋。フランスで長期滞在していた二ノ宮厩舎のエルコンドルパサーが、蛯名正義を背に凱旋門賞で2着に好走。「なかなか日本もやるじゃないか」。勝ったモンジューを最後まで苦しめたレースぶりに、牧場スタッフの健太郎を見る目も変わった。

【引退、種牡馬へ】

チャンピオン・ディスタンスを舞台に日本馬の大敗の歴史に終止符を打ち、日本競馬の国際的地位を高めたエルコンドルパサー。
凱旋門賞を最後に競走馬を引退。1999年のJRA年度代表馬に選出。2000年より種牡馬入りした。
2002年7月、産駒デビュー前に病気により死亡。7年の短い生涯に幕を閉じた。

【ファンの記憶は今も色褪せず】

エルコンドルパサー以降、13頭の日本調教馬が凱旋門賞に挑戦したが、未だ勝利は上げていない。しかし、二桁着順が続いた昔と異なり、近年は2年連続2着のオルフェーヴル、キズナの4着、ハープスターの6着など確実に前進を続けている。

2016年は“マカヒキ”が参戦。
過去の日本馬が果たせなかった願いは、今年のダービー馬に託されている。

⇒凱旋門賞 2016凱旋門賞2016(8月6日更新版)

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