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最強のダートホース!黒船来襲!クロフネ伝説

アメリカ合衆国で生まれ、日本で調教された外国産馬であるクロフネ。2001年に、NHKマイルカップとジャパンカップダートで優勝した名馬。今回はその伝説のレースをまとめてみた。
黒船

アメリカからやってきた大物

3歳時にNHKマイルカップを制し、ダービヘと挑戦した。
inyofu 年が明けて初戦の毎日杯では、2着に5馬身の差をつけて勝利。NHKマイルカップでは単勝1.2倍の圧倒的1番人気に推される。13番人気のグラスエイコウオーが逃げ、先頭をキープしたまま最後の直線に入ると場内は騒然となったが、クロフネは後方から追い込み、ゴール直前でグラスエイコウオーを1/2馬身差でかわして勝利。これによりGI初勝利を果たすとともに東京優駿(日本ダービー)への出走権を獲得した[1]。しかし東京優駿では直線で伸びを欠き5着に敗れた。
当時の外国産馬にとって厳しかったダービー挑戦を果たした。

芝からダートへ

ダート路線へと挑戦し、ジャパンカップダートを制する。
inyofu 当時天皇賞(秋)は外国産馬の出走が2頭までとされていた。しかしアグネスデジタルが急遽出走登録したため、本馬は除外対象となり、出走できなくなった。そのため、天皇賞と同じ週の土曜のメインレースである、武蔵野ステークスに出走することとなった。調教師の松田は、この時「せっかく仕上げたのに走らせないのはもったいない」と語っている。しかしこのダートレースへの出走は、単なる思いつきではなく、元々ダートへの適性もあると考えられていたためであった。
そして伝説の始まりへ。
inyofu ダート競走初戦となったその武蔵野ステークスでは、鞍上が武豊に戻り、1番人気に支持された。レースでは4コーナー手前で早くも先頭に立つと、直線では後続馬を遥かに引き離し、2着のイーグルカフェに9馬身差をつけて圧勝。ダート1600mの日本レコード、1分33秒3を記録した。この圧勝劇で、むしろクロフネはダートへの適性の方が高いという見方がされ、引き続きダートのレースへ出走することとなり、次走をジャパンカップダートとすることとなった。
白いセクレタリアト。
inyofu ジャパンカップダートに出走した本馬は、前走同様第4コーナーで早くも先頭に立つと、2着の前年の優勝馬ウイングアローに7馬身の差をつけて圧勝した[2]。この時本馬が記録したタイムは、ダート2100mの世界レコード2分5秒9という破格のものであった。その圧倒的な強さから、レース後には「怪物」と呼ばれている。また、「日本にはクロフネという名の、白いセクレタリアトがいる」とも言われた。これはクロフネが記録したジャパンカップダートのペースで2400mを走れば、伝説の「セクレタリアトのベルモントステークス」のタイムに迫ると言われたためである。
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夢は世界へ

世界一の賞金ドバイワールドカップへの挑戦も屈腱炎で引退。
inyofu ジャパンカップダートでのパフォーマンスにより、ドバイワールドカップ等の海外ダートGIでの活躍が期待されていた。主戦の武豊は後の雑誌インタビューにおいて、サキーとの勝負を楽しみにしていたと語っている。しかし、12月26日、右前浅屈腱炎のため電撃引退。そのまま種牡馬入りすることとなった。その後、2001年のJRA賞最優秀ダートホースに選出されている。
クロフネの馬名は江戸時代にアメリカからやってきた黒船から来ている。これにはクロフネが3歳の2001年から日本ダービーが外国産馬に解放されたことが背景にあるとされる。引退後は種牡馬となり、カレンチャン、スリープレスナイトなどを送り出したが、自身が挑戦することができなかったドバイワールドカップを制覇した馬はまだいない。今後、父の無念を果たす子供は現れるだろうか。

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